ラグビーワールドカップ2015(9)

「日本のあげた32点のうち22点を一人で上げた五郎丸」
という言い方をマスコミは好むが、
それが一人の力ではないことをいちばんわかっている
五郎丸にかかる重圧は相当のものだと思う。

facebookは、ラグビー関連の投稿であふれかえっており、
すべてをフォローするのを諦めている(笑)
そんな中、松瀬学さんの「W杯スクラム日記」に、
スポーツ紙がおそらく取り上げない(日経は書いていたな
素敵な話があったので、少し長いけどシェア。

日本代表の快進撃を支えているのは、
試合に出ているメンバーだけじゃない。

・・・

 しずかな一日です。もうイギリスはすっかり秋です。紅葉が雨に濡れています。ただいま、ラグビーのワールドカップに出場している日本代表のキャンプ地、ウォーリックという小さな町にいます。ウォーリック城という立派な城のある町です。古い石畳が続きます。町角から、パイプをくわえたシャーロック・ホームズが出てきそうな風情です。風が冷たい。この地のウォーリック・スクールのグラウンドでジャパンは練習しました。
 グラウンドは緑色の芝が2、3面、あります。いいなあ。こんな高校のラグビー部だったら、もう少し、性格もよくなっただろうに、と思いました。わが福岡の修猷館高校のグラウンドは砂地でした。3年間、ずっとケツの付け根には「ビフテキ」がありました。風呂に入るとき、沁みて沁みて。
 さあ、ジャパンは1次リーグの最終戦の米国戦に向けて練習再開です。練習のとき、雨が上がりました。リーチマイケル主将と廣瀬俊朗選手が真っ先にグラウンドに出て、ふたりでパスをしながら、軽く走っていました。
 いい光景だな、と見惚れていました。リーダーたるもの、こうじゃないと。練習後、廣瀬さんに聞きました。どうして?
 「リーダーは、そうあるべきだと思うのです。まず行動で示すべきでしょ。いい準備を進めるために、なるべく早くグラウンドに立つ。リーダーから、いい準備をしようとしていることを、僕は行動で示したいのです」
 廣瀬さんは今月、34歳となります。エディーさんがジャパンのヘッドコーチになったとき、キャプテンに指名されたのが廣瀬さんでした。彼はジャパンの精神的支柱です。まだこのW杯で試合メンバーになっていません。でも腐りません。
 もちろん、選手として、試合に出ないのは悔しいに決まっています。廣瀬さんは本音を漏らしました。「そりゃ、悔しいですよ。メンバーじゃないと告げられて、10秒ぐらい、クソッと思って、その部屋を出たら切り替えます。人前で嫌な顔は見せません。メンバーから外れても、(日本の勝利のため)次にやるべきことがありますから」
 廣瀬さんはさぞ、タフなメンタルの持ち主なのでしょう。ジャパンの勝利のため、献身的な姿勢を貫いています。サモア戦の前は、練習ではサモアの中心選手、トゥシ・ピシ役をしていたそうです。廣瀬さんのニックネームがトシロウの「トシ」。「トゥシ・ピシではなく、トシ・ピシって呼ばれていました」と笑っていました。
 強いチームには廣瀬さんのような選手が必ず、いるものです。いい話をひとつ、聞きました。ジャパンはW杯の試合で使ったロッカールームをきれいにそうじして帰るそうです。初戦の南アフリカ戦は廣瀬さんら数人で掃除をしました。2戦目のスコットランド戦では、ノンメンバーの「キンちゃん」こと大野均選手が真っ先に掃除を始めたそうです。
 スコットランド戦後は、南ア戦より多くの選手たちがロッカールームの掃除をしました。先のサモア戦。試合後、廣瀬さんや試合メンバーを含め、ほとんど全選手&スタッフでロッカールームをきれいにしたそうです。いい話ですね、と声を掛けると、廣瀬選手は「ちっちゃいことが大事かなと思うんです」と言いました。「自分たちが使ったロッカールームは自分たちできれいにしようというだけです。自分たちは偉くもなんともない。いいスタジアムを使わせてもらって、感謝の気持ちがあります。ちゃんと足元を見ようということです」
 これって、日本の美徳ではないでしょうか。そういえば、試合の日、メディアは食堂で簡単な食事ができます。大概、多くの記者はペーパー・プレートや食べ残しをそのままテーブル上に残して出ていきます。早稲田ラグビー部の後輩の某スポーツ新聞社フォトグラファーは、「自分で使ったものぐらいは」とちゃんとテーブルをきれいにしてグラウンドに向かいます。えらい! たまたまだったかもしれませんが。
 話を戻します。廣瀬さんの存在なくして、日本のディシプリン(規律)はなかったでしょう。メンバーから外れる。でも、気持ちを切り変える。「腹が立つと思っても、次の役割が絶対、あるんです。ぜんぶ、勉強なんですよ、人生では」
 廣瀬さんは当然、1次プール最後の米国戦の出場をあきらめていません。できる限りの準備をし、エディーさんにアピールするのです。日本ラグビーの歴史を変えたジャパンには、試合に出た五郎丸歩選手たちだけじゃなく、廣瀬さんのような選手もいるのです。
 夕方は豪雨となりました。雨脚が弱くなり、一瞬の晴れ間。すわ、と近くの公園を走りに行きました。廣瀬さんの話を聞いたら、なぜか走りたくなったのです。意外に坂が多く、濡れたカエデの落ち葉で何度も滑りそうになりました。のどかな町です。イギリスの田舎町っていいものです。安宿にはコインランドリーがありません。町にもありません。洗濯物がたまって、宿のランドリーサービスを使おうと思ったら、Tシャツが3ポンド(約600円)、パンツが2・5ポンド(約500円)です。靴下が2ポンド(約400円)。そんなバカな。こうなりゃ自分で洗うしかありません。近くのスーパーで洗剤を買って、宿のバスタブで足で踏み踏みしながら下着類を洗いました。外は雨。部屋もあちこちに下着が干されて、しずくがカーペットをぐじょぐじょに濡らします。長期出張も、小さなことの積み重ねです。

・・・

南ア戦、サモア戦の勝因は、挙げればきりがないけど、
そのうちのひとつは「献身」だと思う。
ゲームの内と外での。
このチームは目に見えるものと
目に見えないものとで繋がっている。

世界一の厳しい練習をしてきて、
それでもゲームに出られないのは、
他人には想像できない悔しさがあるはず。
そこを切り替えられる廣瀬は、ラグビー選手として
というより人としてすごいと思う。
ぼくが学生の頃だから、もうずいぶん前だけど、
彼が卒業した大学の合宿所の壁に
「花となるより根となろう」という落書きが
あったというエピソードを思い出した。
そう、あの頃のあのチームも
理不尽なキツ〜い練習をするチームだった。

今回の代表が、W杯で戦うのは
あと1試合だけかもしれない。
いま、何を祈ればいいのだろう。