東京チャレンジマラソン2020

スタートラインに立つ

 スタート地点となる荒川河川敷の岩淵関緑地に、市民マラソンのスタート前特有の華やいだ空気は流れていない。昨年のデータを見ると、フルマラソンの部は完走率53.7%で、半数近くの人がリタイヤしていることになる。比較的フラットなコース設定なのになぜ、という疑問がわくが、サブ3、サブ3.5を目指す人を主なターゲットにした真剣に記録を狙うランナーのためのレースで、制限時間が4時間に設定されていたためだ。今年はサブ4狙いの人にまで門戸を広げて制限時間が4時間半までと幾分緩和されているものの一般的なレースと比べて厳しい条件であることに変わりはない。スタート1時間前になり、ハーフマラソンも含めた数百名の参加者が集まってきているが、みな一様に浮ついた雰囲気はなく、自らが課した目標に向け静かに闘志も燃やしていることが感じられる。かくいう自分も3時間30分切りの目標を掲げ「3時間30分01秒はリタイヤと一緒」くらいの気持ちでこの場にいる。たぶん、この世に存在しているプレッシャーのすべてを一人で背負っているかのような面持ちだったと思う。過去に参加した大会に比べ、楽しむということのプライオリティはきわめて低く、意地とか執念とかに近い感情の割合が高いように思える。スポーツの現場には、清涼飲料水のCMのようなさわやかな風だけが吹いているわけではないのだ。まあ、「結果を出そう」というぞくぞくするような緊張感を楽しんでいるといえないこともないが。河川敷の単調なコースとはいえ、42.195kmの間には様々な対応が要求されるだろう。でも、どんなことが起きようとも、ただひとつはっきりしているのは、諦めずに最後まで全力を尽くすということだけだ。

 

サブ3.5を目指すのは

 話は3年前に遡る。桜の開花と同時に赴任した富山で、たまたま入ったランニングクラブで、「トライアスロン歴20余年のサブ4ランナー」という肩書が過大評価されて、クラブ内の若手数名から「コーチ」と呼ばれる羽目になった。とある夏の日、仲間内で10月末に行われる富山マラソンに向け目標を決める段になり、メンバーのほとんどが初マラソンで、完走経験のある者も5時間を切ったことがなかったので、全員で4時間半を目指すことにした。「で、コーチの目標は?」「みんなと一緒で4時間半」「あり得ない、あり得ない」「じゃあ、ベストの更新かな」「いや、もっと具体的な数字で」「それなら3時間45分」「それはキリが悪いですね。3時間半にしましょう」おいおい、どっちがコーチなんだよ。この歳になってベストを30分も更新するなんて現実的ではないよなと思いつつ、その場の勢いに水を差すのは憚られ、とりあえず話を合わせておく。その場の空気を読んだ大人の判断が、徐々に目標になり、約束になっていく過程は、話すと長くなるので、当ブログの2017年夏~秋の記事を読んで感じ取っていただければと(笑) この3年でフルマラソンのレースにおいて4度の自己ベスト更新を果たし、20分以上タイムを縮めているというのに、このときの目標設定のせいで、毎回「目標に届かなかった」「負けた」という総括をする羽目になっている。ただ、いつまでもそんなことを続けてはいられない。青春は時間がないんだ(笑)

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レーススタート

 スタート位置につき、人混みのなかで「気負い過ぎだな」と気づく。中野ジェームス修一の動的ストレッチで肩甲骨周りをもう一度ほぐし少しだけリラックス。レース数日前にもらった「努力を重ねた分だけ結果は応えてくれるはず」というメッセージを思い出す。2月の荒川河川敷は、風が強く吹いているが、この日まで積み上げてきたものは、この程度の風速で揺らぐものではない。スタート1分前。波立っていた気持ちが鏡のように澄んでいく。ここから3時間と20数分、いま出来る最高の走りを全力で。

10:04レーススタート。4分の遅れは、荷物預け場所の混雑でスタート位置に並ぶのが間に合わなかった人への配慮らしい。まあ、つくづくマイナーな大会だな(苦笑)。まずは川下に向かって5km。いきなり岩淵関への上りだが、呉羽山に比べればフラットみたいなものだ。変則的な周回コースのため、ここを逆方向からも含め6回上り下りすることになるのだが、ネガティブな思いはまったくわかない。走り出してしまえば、レース前の緊張感をパワーに変換して、やるべきことだけに集中することが出来た。なんだかんだ言っても、けっこう大人なのだ。最初の5kmは追い風の区間。淡々と何も考えずにペースメーカーについていく。ただただ4分50秒/kmのラップを刻む。あのレース前の高揚感や無駄に熱い気持ちはいったいなんだったのだろう。

5kmの折り返し。ここから12.5kmまでは向い風の区間。思ったより風が強い。追い風の時に、風はあまりないなと勘違いしてしまうランニングあるある。集団の中ほどにいるのだが、風よけ効果はあまり感じない。やっかいな風だな、とは思うが、体力的に余裕があるので、気持ちが揺らぐことはない。折り返しの手前ですれ違う2:50、3:00、3:10の集団に勝手にシンパシーを抱くが、向こうは何とも思っていないのだろうな。12.5~20kmまでの追い風区間でも何も起こらず。このころ、もしかしたら、このまま鼻歌まじりでゴールまで行けてしまうのではという妄想を抱くまでになる。

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サクセスピンクの魔法

 レースも中盤になり2:50、3:00、3:10の集団は、すれ違うたびにその人数を減らしている。記録を狙うのに気温は申し分ないが、強い北風がターゲットタイムの前に立ちはだかりレースはサバイバルの様相を呈しだした。若干の不安がなくもなかった20km~27.5kmの向かい風区間もなんなく乗り切る。地味に故障している箇所がそれなりに存在感を示したりはしてはいるが、パフォーマンスに影響を与える酷さではない。30km通過。フルマラソンは30kmからが本当のレースと言われるが、サブ3.5を達成出来ない理由がひとつも見当たらない。27.5km~35kmは追い風区間。追い風とはいえ、キロ4分台でかれこれ3時間近く走っているのだから、多少の問題が発生してもおかしくないはずなのだが、何かが起きる気配もないまま35kmが近づく。何も不安がないということに対する不安。ずいぶんとぜいたくな悩みだ。

あまり縁起を担いだりするほうではないのだが、この日は昨年夏の「南砺100kmマラニック混合リレー」の「表彰台用」にチームで作ったピンク色のTシャツを着ていた。思惑通り、南砺マラニックでは見事2位になり、その他にも個人のレースで4回着用し、そのすべてのレースで自己ベストを出していた。ということで、箱根駅伝の出場校がチームカラーを、やれ「ファイヤーレッド」だの「プルシアンブルー」だの「鉄紺」「茄子紺」などと言っているのを真似て「サクセスピンク」と個人的に呼んでいる。そう、このTシャツを着て負けるわけがないのだ。あと7.195km。魔法が解ける時間と3時間半は、どちらが先に来るのだろう。

 

「最後は、私。」なのか

三度目にして最強の向い風区間。風速に変化はなかったかもしれないが、5km地点と20km地点とは違う風を体感する。物理的には35kmも走ってきて体重は減っているはずだが、このカラダの重さときたらどうだ。集団全体のペースが少し落ちたので、なんとかついていける。ここまで、ずいぶんと貯金が好きなペースメーカーだな、と思っていたが、こういうことだったか。オリンピック選考レースではないのだから、イーブンで走るだけがペースメーカーの仕事ではない。さすが、記録狙いの大会でその役目を仰せつかるだけのことはある。いい仕事するな、と感心している場合じゃない。集中、集中。ここにきて1kmをものすごく長く感じるようになる。「最後まで鼻歌まじり」は、やはり幻想だった(苦笑)。レースが始まってから、はじめての危機感。どんなに準備を重ねても、どんなに強い気持ちを持っていたとしても、フルマラソンの35km以降は簡単ではなく、しっかりと辛いし苦しい。前日に見たシューズメーカーのサイトになんかいいこと書いてあったな。脳に酸素がいきわたっていなくて、はっきり思い出せないけど、「自分で選んだ苦しさは楽しい」みたいなの。いまは、そんな感じだな。前に歩を進めるのは、ほかの誰でもなく、最後は自分だ。

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 39Km過ぎ。岩淵関への最後の上り。3時間前には、こんなのフラットだよと豪語した坂で、ついに集団から離されそうになる。残りは3kmほどになっており、冷静に考えれば、ある程度のペースをキープできさえすれば、3時間30分を切れることはほぼ間違いなさそうではあるのだが、ここで無理をしないでいつするんだという思いが頭をよぎる。そう、喰らいつけ。ここ数か月、チームメイトたちが、「2月上旬にフルマラソンで3時間30分を切るための練習」にずっと付き合ってくれた。それぞれの目標があるのにもかかわらず。「絶対にサブ3.5を達成してください」とは一度も言われなかったが、あるときはキロ5分のペース走のペースメーカーとして、あるときはインターバルトレーニングで前後から圧をかけて、ずっと支え続けてくれた。目標を達成したときの喜びは、もう自分だけのものではない。いまは気持ちだけで動かしている足をさらに酷使するのは辛いことではあるけれど、チームメイトの期待に応えられないことは、その100倍辛い。最後の最後に力を振り絞ることができるのは、やはり「誰かのため」なのかもしれない。

41.0975km地点の最後の折り返しから、余裕のあるランナーたちのラストスパートバトルが勃発する。さすがにこれに付き合う元気はもうない(苦笑) 遥か遠い場所だと思っていた夢見た島まであと1km。富山マラソンでの手痛い失敗から、この日まで1日たりとも無駄にしてこなかった。そしてこの数か月間だけでなく、この日のスタートラインに着くまでのすべてのものが、このゴールへと繋がっている。「努力を重ねた分だけ結果は応えてくれるはず」は本当だった。メイン会場が見えてくる。胸に去来するのは、歓喜でも感動ではなく、約束を守ることが出来た安堵。シンプルな鉄骨で作られた簡素なゴールの目印の前で、二人のスタッフがテープを持っている。この大会に派手なゴールゲートは似合わない。記録を目指して前に進むことを止めなかったランナーには、華やかな虚飾よりそれぞれのゴールの価値をわかった人たちからの敬意と祝福と温かな拍手だけがあればいい。ふと、ぼくらがゴールテープを切ることが出来るのは、ゴールテープを持つ人がいてくれるから、というフレーズを思い出す。

 

3時間28分58秒。

愛弟子各位、2年半もかかったけど、お約束通り、3時間半切りましたぜ。

 

・・・

 

SNS上では「おめでとう。もっと上を目指そう!」というフレーズが溢れかえっている。気持ちはうれしいけど、頼むから、もう少し余韻に浸らせて(笑)

 

それに、さらにPB更新を目指そうという気持ちになったとしても、その数字を口にするつもりはない。たぶん、可愛い愛弟子たちは、こう言うのだ。「3時間〇〇分?キリが悪いですね。次の目標は、サブ3にしましょう。」

 

 

 

2/9(日) 東京チャレンジマラソン(42.195km)

 

大阪国際女子マラソン

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東京オリンピック代表の最後の3枠目を争うレース。

大会のキャッチコピーは「最後は、私。」

 

松田瑞生さんは怒っているように見えた。女性長距離ランナーのイメージとは遠いところにある筋骨隆々の体躯とペースメーカーの間に割って入ろうかというポジション取りがそれに輪をかける。24km地点で二人に絞られた優勝争いは、ペースさえ維持できれば勝てるだろうという展開に見えたが、31km地点でスパート。この時、彼女には、この日、本当に戦うべきものが見えていたのだろう。

月間1,300kmという走行距離はどう計算してもイメージがわかない数字なのだが「これでダメだったらやめようというくらい、練習を積みました」というシンプルなフレーズのなかに狂気が垣間見える。レース後、監督や母親への感謝の気持ちを語る彼女を見ていて思う。たしかに支えは大切だけれど、予想外のハイペースで始まったレースの終盤にギアを上げられるのは、どう考えても「強い自分」だ。

「最後は、私。」は、3番目の代表枠という意味がメインなのだろうけど、長距離走者の切なすぎる孤独を表しているようにも思える。

 

TV中継でトップ争いを見ながら、スマホの画面でチームメイトのHさんを追う。Hさんは市民ランナーにとって出場資格を得るだけでも大変なこのレースに連続出場する〇〇(誉め言葉です)。フルタイムの仕事を持ち、年頃のお子さんがいて、時間に余裕があるはずがないのだが、練習内容を聞くと、たいていの場合、「え、〇〇じゃないの?」(褒め言葉です)と思ってしまう。

レース3日前、ぬくぬくとした市の体育館で自主トレを終えストレッチをしていると、雨のなか公園の外周を走ってきたHさんに出くわす。ここにきて何も雨の中を走らなくても、と一般人は思うのだが、「走っていないと不安」と聞くと、いままであれだけの練習を積んできたこのレベルの人でもそんな一面があるのだな、と少し安心する。

10km通過は41分。「最初から全力で行く」と言っていたが、3時間5分という持ちタイムからすると全力すぎるのでは、と不安になる。中間点は1時間27分。単純に倍にすればサブ3達成だが、やはり飛ばし過ぎでは、と不安がつのる。このあたりからスマホを見る頻度が大幅に増える。30kmは2時間27分。いつもの高速ピッチと泣きそうな表情が目に浮かぶ。ペースはかわらず。オーバーペースはそのままゴールしてしまえばオーバーペースではなくなる。ゴール予想は2時間台を示し続ける。40kmを2時間49分で通過。あ、いったな。2時間58分台でのフィニッシュにクラブのグループラインは大騒ぎ。この衝撃は、おめでとう、とかいうより、びっくりさせるなよ、というカンジ(笑)このレベルのランナーが自己ベストを7分も更新するって、どうよ・・・。と言いつつ、本当はめちゃめちゃ感動した。Hさん、努力の成果だね。おめでとう!

 

この日は、中継を見たら居ても立っても居られなくなるだろうな、と思って、16時から乳酸のたまるメニューをやる予定にしていたのだが、北風の中、案の定、想定より少し速いペースになってしまう(笑)

 

レース翌日。Hさんらしい、このレースにかける思いと周囲への感謝の気持ちを綴った写真付きの投稿がSNSにUPされる。3桁のいいねと数十件のコメントは、これを書いているいまも増え続けているはず。家族や仲間の支え、沿道の応援もたしかに力になったのだろう。でも、不安に打ち克ち、いままでにないペースで42.195kmを駆け抜け、念願のサブスリーを達成し、笑顔でVサインをしている彼女は「最後は、私。」と言っているような気がする。

第56回全国大学選手権決勝

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1か月前の早明戦後。36-7の快勝に気をよくした明治OBが「選手権決勝のチケット取りますから!」と、対戦カードが決まる前から確保していた新国立競技場のこけら落とし。途中、危なっかしい試合もあったが、思惑通り決勝のカードは早明戦に。

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早稲田45-35明治(観客57,345人)

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ファーストスクラムでは、もしや対抗戦以上の大差になるのでは、と思ったのも束の間。準備してきたプランがすべてハマった早稲田が前半だけで31得点。今シーズンほど勝敗予想を外しまくった年は過去にない(苦笑)

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表彰式を見るからと、時間に余裕をみて予約しておいた祝勝(にはならなかったが)会場が早めに入店させてくれたのがせめてもの救い。当然、ここではラグビーの話題はほとんどなし(笑) まあ、新国立競技場が見られたからよしということで。